・動き出す介護保険 <1>
 「公平な認定」に不安

平成11年9月28日 読売新聞より

 高齢者介護を社会全体で支えようという介護保険制度が、来月から実質的にスタートする。来年4月からのサービス提供を前に、高齢者にどの程度の介護サービスが必要かを決める「要介護度認定作業」が、ほとんどの市町村で始まるからだ。だが、信頼できる制度づくりに向けた課題は多い。期待と不安が交錯する現状をリポートする。

 わが国の要介護度認定作業はコンピューターを使った1次判定と、医師や福祉の専門家で構成する自治体の介護認定審査会による2次判定という2段階方式を採る。介護先進国のドイツでは医師や介護専門員の面接調査だけで3ランクに分かれた要介護度を決める。
 日本の方が手厚いと言えそうだが、分かりにくさがつきまとうのも事実だ。

 「シャツのボタンをはめてみて下さい」。訪れた調査員の質問に、岩本孝一さん(92)は、「時間をかけても無理ですよ」と答えた。
 岩本さんはホームヘルパーや訪問看護のサービスを受けながら、東京・品川区の自宅で独り暮らしを続けている。同区では介護保険の訪問調査を前倒しして、9月13日から実施した。85項目にのぼる調査は約1時間で終わった。

 介護保険制度は、介護の必要度を「要介護度5−1」「要支援」の6段階に分類し、在宅介護の場合は月額36万8千円から6万4千円の範囲内で介護サービスを自由に選択し、その1割を自己負担する。
 認定方法はだれもが納得できる公平さが求められる。だが、いまだに1次判定のコンピューターソフトの問題点を指摘する声は少なくない。その多くは、ソフトが出す判定結果と、介護現場に携わる人の実感とのギャップが原因になっている。

 群馬県渋川市の北毛病院の橋本医師は、厚生省の判定ソフトをもとに患者の模擬判定をしてみた。両手足に麻痺があって寝たきり。飲み込みができず、排泄や身の回りの世話はすべて人の手を借りなければならない−。こんなケースでも判定は「要介護度3」だった。「在宅介護としては最重度だと思っていたのに」と、橋本医師は驚きを隠さない。

 1次判定ソフトは85項目の調査結果をもとに、1日何分の介護が必要かを推計し、要介護度を決める。厚生省は「統一基準が必要」とコンピューター判定の必要性を強調するが、判定ソフト自体に矛盾があるとの指摘や、要介護度が重くなるよう答えを誘導するケースも出て来ると懸念する声もある。
 厚生省は「最終判断はあくまで人間が出す」と、2次判定の重みを強調するが、その2次判定にも問題があり、自治体の戸惑いは消えない。

 先月、山口市は「仮想認定審査会」を開き、あえて判断に迷う15人の判定を行ったが、同一人物でも要介護度が2から4まで、班によって3段階も異なるなど、判定結果のばらつきが目立った。同市介護保険準備室は「元気だが痴ほうがあるような場合はとくに迷う」と話す。

 昨年度のモデル事業では、認定審査会の2次判定の結果、1次判定が変更された割合は0%から68.7%まで、自治体によって大きな差が出た。同じ状態でありながら、地域によって異なる2次判定が出る可能性もある。
 介護保険が適用されない高齢者らへの対応も大きな問題だ。モデル事業では在宅の1割が保険の対象外の「自立」と判定されており、市区町村が来年4月からサービスを打ち切らざるを得なくなる人が出て来る。

 愛知県高浜市では「認定漏れ」が続出すると予想されるデイサービス(日帰り介護)利用者のため、3ヶ所の専用施設を整備した。「高齢者が家に閉じこもると、将来『要介護』状態になりかねない」という配慮からだ。

 従来の在宅サービスの継続を決めた自治体もあるが、ほとんどの自治体では財政負担を伴うため対応を決めかねている。
 要介護認定の信頼性を高め、その網から漏れた人の生活を守ることが大きな課題だが、当分は試行錯誤が続くことになりそうだ。
 



  


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